楽茶碗は大嫌い!? でも茶碗を焼きに焼きまくる男『迷雲』のブログ

楽茶碗の製作は地味で熱いなどシンドイことばかりですが、楽茶碗師『迷雲』が製作を通して感じたこと、知っていること、時たま脱線したこと(いつもかな?)を書き綴っていきます。

DTMに挫折し、ギターでリハビリ

病院でのリハビリはまだまだ続きますが、自宅に於いてはギブスを外してリハビリを始終行うために、晴れて素肌の左手首に戻りました、

でも、見ためはまだ腫れ上がっています。
手首は前より少しは曲がる様になりましたが、右手首の曲がり具合と比べると、まだまだです。

そんな状況なのでDTMを始めた訳ですが、何とか出来たには出来たのですが、DTMの限界を感じました。

クラシックギターの場合はまず音源が少なすぎでした。

そして奏法が沢山在りすぎて、全てをDTMで作り込むことの限界を感じた次第です。

まだ始めたばかりの者が、イッパシの事を言い生意気ですが、ギターは全く弾けないのですが、生まれた時から毎日毎日10時間以上もギターの生音を聞いていたので、音色の豊富さは知っているつもりなんです。

クラシックギターに限らず、ギターと言う楽器は右手の親指はピアノの左手に当たり、右手の指はピアノの右手に当たります。

そして厄介なことに、弦を押さえる左手でさえ、弦を押さえるだけに止まらず、指で弦を叩いたり、弾いたりして音を出します。

シンプルな楽器なのですが、ビアノのハンマーに当たる左手の指は如何様にも音色を変化させることが出来るので、DTMでその音色を再現するのは、例え出来たとしても、恐ろしい労力と時間を伴う作業が待っていることが分かったのです。

何をするにも、ある域まで作品を高めようとすると、近道は無いと言うことですね!

なので、手首がまだ捻れないために、リハビリを兼ねて、昨夜からギターを取り出して、音を出しているんです。

ギターの左手はフレットの板と平行にして指で弦を押さえるために、手首をねじらなくてはならず、それが痛いのですがリハビリになると言うことなんです。

当分はギターの音色の楽しみを味わいながらリハビリしようと思います。

音符は社員と同じだ。

今骨折のために、本業の楽茶碗は出来ないために、この時間を利用して人生初のDTMに挑戦している最中ですが、音符を見ていると、企業の社員のように思えて来ます。

仕事が早い人は32分音符や16分音符。
普通の人は8分音符や4分音符。

仕事が遅い人は、2分音符や全音符。

これ等の音符があってこそ、そして一貫性があってこそ、いろんなメロディの曲が、また名曲が出来ます。

今の企業は昔と比べたら、なにやら何処かのお偉いさんが作ったかは知りませんが、いろんな適性試験により人間のカラーが枠にはまっている感じがするんです。

でも、音楽の音符のように、良い作曲家や編曲家がいて、いろんな音符(人)を使いこなし、良いコンダクターがいたら、名曲は沢山出来るのではないかと思います。

32分音符、16分音符、8分音符だけの曲では、何時かは疲れてしまいます。

4分音符も大事。
2分音符も大事。
全音符も大事。

そして、忘れてはいけないことが休符。
休符がなければ、その曲が活きなくなります。

そんなことを思うDTM挑戦です。

Oh my gosh !

やっと、先日腕の三角巾を使わなくても良くなりました。

三角巾を付けているか、いないかで全く自由度が違います。

ショパンのワルツのト短調DTMの音符の打ち込みもやっとこさ完了し、これから音楽としての作り込みと考え、本物のギターを出して音合わせをしようとネックを持とうとした瞬間、「Oh my gosh !」

ネックが持てません。手首が曲がらない。なのでギターのフレットが全く押さえられません。

そして手首を動かしたら、手のひらは普通は前後に約90度位曲がりますよね!

それが前後共に20度が目一杯で、痛くてそれ以上曲がりません。

骨折した場所が悪かったみたいで、ちょうど折り曲がる場所のために、筋肉が硬化しているのでしょう。

でも、オヤジは意地でも痛くてもリハビリして頑張ってます。

歩行の方は痛みはまだありますが、ビッコは完全に治りました。

手首の支障は気がつきませんでしたが、雨雲の作り方の動画制作がありますので、一日も早く頑張って治しますので、よろしくお願いします。

近況でした。

やっと打ち込みが出来たDTM

リハビリ生活にウンザリしている毎日ですが、骨折してから早一ヶ月経ちましたが、三ヶ所の骨折なので、まだ手首の腫れは治まっていない状況なんです。

しかし、それでもリハビリしないと、極度に握力が無くなっていますので、毎日スプリングの握力器具で頑張っております。

腰と膝の筋挫傷は、まだ歩くと痛いですが、日に日に通常に何とか戻りつつあるような感じです。

そんな毎日で、陶芸の方は全く進まず、動画のことも出来なく、皆さんに迷惑をかけておりますが、もう少しご辛抱くださいね!

今日、お話ししていました人生初のDTM、何とか一曲打ち込みが出来ました。まだこれから曲らしくしていかなければ、ただの音符の羅列ですから、先はありますが、道は見えてきました。

打ち込んだ曲は、バッハの2声のインベンション BWV779です。

これは父親が編曲し、未収録音の楽譜が沢山ありますので、どのような編曲をし、どのような音楽となっているかが楽しみなので、DTMしているのです。

しかし、これから音楽というか、曲に完成させるのは至難の技が必要ですね!

早く陶芸に戻りたいですが、ストレスが溜まる一方なので、今は分野が外のDTMで頑張ってみます。

エクササイズ道具と学典

昨日からやっと病院でのリハビリがはじまりました。

左手のギブスを外して、まず手首の握るグー、パー。これは問題なし、

次に手首全体を捻る。手前そして逆に。
激痛が走ります。でも何回か行っているうちに何とか我慢出来る痛さに変わりました。

最後は握力。ピンポン玉より少し大きめなゴムボールを握るのですが、ゴムボールは潰れません。問題なしの右手で握ると、いとも簡単に潰れるゴムボール。

現実の左手の状態を知って、愕然しました。

今日早速¥100SHOPで握力エクササイズの道具を購入。でも少し握れる負荷キロ数がたったの5kgです。子供以下ですよ。この数値は。頑張らなくては。

握るリハビリをしながら、新たな試みは、この機会を利用してDTMを初めておるとお話ししましたよね!

それにはまずは音楽を新たに勉強にしなければならないと、簡単な学典の本をかいました、ご存じの通り、学典とは音楽の決まりごとの本。

情けない話ですが、ここから勉強しないと、このオヤジは分からないことだらけなんです。

でもこの本はとても分かりやすく書いてあるので最高です。これから音楽を始める方におすすめします。

でも、このブログを見てくれてる皆さんは楽茶碗の方が興味あるかな?その内容に関しては、もう少し待っててくださいね‼リハビリ頑張りますから。
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楽茶碗の製作は「動」なんです。

先日、どの位落下により自分がダメージを受けたのか計算してみました。

すると、答えは約1.8t!

骨折三ヶ所や腰の筋肉が筋挫傷するのは当たり前でした。

痛さで湿気こんでいてもしょうがないので、全く経験のないDTMに初挑戦してみました。

DTMとはご存じのように、PCで音楽を作る作業です。かな?

デスクドップミュージックです。

これなら片手で出来るでしょ。

でも、なんで楽茶碗師がDTMかって?

それはですね、楽茶碗の製作そのものは動画や説明で出来るのですが、その製作過程や焼成過程の感情や心境を表すことができないんです。

でも、この感情や心境はとても楽茶碗の製作に於て重要なことなんです。

強いて言えば、これらにより作品が良くなるか悪くなるかなんです。

作り方はただの粘土の技法なので大したことはないんです。

そんなことで、その心境やら感情を自分で表現出来るような音楽が出来たらなぁ~と思い始めた訳です。

オヤジですから、夢だけはあるのですが、頭がついて行けるかはわかりませんが、現実論は別として、始めたんです。

でも、以前にYouTubeのアップした焼成動画で、視聴者から「戦争じゃないんだから」とご指摘をいただきました。

分かる気がします。

楽茶碗と言えば、何か精神的に緊迫し、静寂のなかで緊張のイメージがありますよね!

これが一般的なイメージだと思います。

でも、実際は静寂あり、躍動感あり、緊迫感ありのまるでお能の世界と同じなんです。

簡単に言い表せば、焼き上がるまでの楽茶碗は「動」、お茶碗となってお茶の世界に入った茶碗は「静」という感じです。

ですから、その「動」の世界のお茶碗を表すためにDTMを始めたんです。先が長い話ですけどね。

でも、人間というのは、映像と音が一番脳に対してインパクトがありますよね!

そのインパクトこそが、茶碗製作なのです。

それがなければ、ただの何の存在感もないただの茶碗にしかならないのです。

もし、茶碗を作られるのなら、自分の好きな音楽をかけて作って見てください。

その好きな音楽を表現するようなお茶碗を。

違いが分かると思います。

今は口だけで教えています。

手首の骨折、そして左腰と左膝を強打してから早三週間、いややっと三週間です。

手首の骨折は直に治るでしょうが、腰の打撲傷にはいささか参っています。

なんせ、ビッコが耐えられません。しかし、今は我慢、我慢ですかね!

授業の方は口だけで頑張っています。

今、雨雲を作られているUさん。
陶芸は初めてらしいのですが、頭だけで考えるのではなく、作りながら光悦の凄さを今正に体感しています。

光悦の作品の何が凄いかは、作ると分かります。造作する時の粘土の固さの違い。

各所における表現方法の違いなど、上げれば切りがありません。

陶芸のジャンルを超えた技法も多用しています。

写し茶碗は軽く見られる節もありますが、茶碗を勉強するためには、写しはとても勉強になる題材なのです。

写す工程では、作者のクセもわかります。なので巷で光悦と言われている作品でも、一品は疑わしいと思う作品もあえては言えませんが出てきます。

それだけクセが分かって来るのです。

また、光悦の作品を作るためには、光悦の書も見た方が良いです。

他の書とどう違うのか?筆使いの細かい所を観察するのです。

その感覚が茶碗にも表現されています。

何回もこのブログで言っていますが、光悦は茶碗の素人ではないのです。

プロ中のプロと言ってもおかしくないでしょう。

それだけ釉薬にしても、釉薬の施釉にしても、普通の時間では出来ません。

イメージで言えば茶碗に絵を描いている感じです。これは刀の鞘を作る時の漆の感覚です。

何度も漆を重ねたり、漆が乾かないうちに、表面を色々な方法で処理して表現を変えたり。

要は日本の最高芸術だと言われている日本刀に少なからず携わっていたことで、より細かい表現方法が養われたことと思います。

如何に光悦と同じ工程を踏んで写し茶碗を作るか。これが写し茶碗を作る醍醐味なのです。

もし、光悦のお茶碗を作りたい方がいましたら、陶芸の経験なんか一切関係ありませんので、教室に来てください。

徹底的に教えますから。

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