楽茶碗は大嫌い!? でも茶碗を焼きに焼きまくる男『迷雲』のブログ

楽茶碗の製作は地味で熱いなどシンドイことばかりですが、楽茶碗師『迷雲』が製作を通して感じたこと、知っていること、時たま脱線したこと(いつもかな?)を書き綴っていきます。

抹茶茶碗ってなんだぁ?

今日は茶碗のことは考えないようにしねいたのに、病気でしょうか?ふと、「そもそも抹茶茶碗ってなんだ?」と言う疑問がよぎってしまいました。

抹茶を呑む茶碗だから「抹茶茶碗」だと、何故かこれだけの理由ではしっくり来ません。

湯呑で抹茶を呑んだら湯呑は抹茶湯呑だしね。

楽茶碗にコーヒーカップの様な取手を付けても、何かシックリ来ません。

※楽茶碗に取手を付けること自体は邪道ですが、取手を付けた楽茶碗を楽茶碗らしく焼くことは、相当技術がいります。

私はまだそんな茶碗の焼成経験はありませんが、取手が器体より出ているため、器体と同じ輝度で焼成することは考え自体が邪道ですが、技術的には面白い挑戦かもしれません。


話は本線に戻ります。何故楽茶碗なのに取手が付いているとシックリ来ないのか?


その答えは、取手が有る無しではなく、両手でしっかり茶碗を持つことが抹茶茶碗必要十分条件ではないのでしょうか?


心地良いぬくもりが両手から伝わる。ぬくもりが両手から伝わるから心がホッとする。

ホッとした気持ちで茶を口に含むと、更に茶と言う物体があるので、心が和む。


もし、茶碗の中に何も無かったり、サイダーが入っていたらどうでしょうか?


そんなことは無いですが、あったと仮定したら、和みませんよねぇ!


今度は別の角度から見てみましょう!
ビールやシャンパンが抹茶茶碗に入っていたら?


透明感や爽快感がある飲料には同じ感覚の器であるガラスが合います。抹茶茶碗だったら、透明感や爽快感は全く味わえません。


そうなると、抹茶茶碗とは、両手で持つ器である茶碗。熱が心地良く両手に伝わる茶碗。抹茶をより美味しそうに演出する茶碗だと言えなくはないですか?


基本は何でもシンプルです。そのシンプルさを是非大事にしてください。

Copyright 2014 meiun All rights reserved.