楽茶碗は大嫌い!? でも茶碗を焼きに焼きまくる男『迷雲』のブログ

楽茶碗の製作は地味で熱いなどシンドイことばかりですが、楽茶碗師『迷雲』が製作を通して感じたこと、知っていること、時たま脱線したこと(いつもかな?)を書き綴っていきます。

データ馬鹿や、頑固オヤジになる前に!

毎日ブログを見て頂き、ありがとうございます。

思いついたことを取り留めもなく書いていますので、漢字の間違い(そもそも漢字と日本語苦手です。日本人ですけどね!)、言葉の言い回しが変だったりと、いろんな難点はありますが、兎に角ありがとうございます。

でも何故こんなにいろいろ書くか?それはですね、例えば、名品茶碗の説明をしたとします。

「何年作の誰々が作り、代表作です。この作品はいついつの茶会に使われたと、何々の記録にあります。加茂川石を使って焼き上げており、長年の経年変化により肌はカセ、味わいがある茶碗です。」

ふーんそうなの!っていう感じじゃないですか?ただのデータです。

データはあくまでデータであり、役にはに立ちますが、学者の方や知識の衣を羽織りたい方やデータ重視の方に私はお任せしたいんです。

昨日も言いましたが、「茶道は茶道に留まらず、茶碗は茶碗に留まらず」というのが、私の考え方。

モーツアルトは作曲家でしたから、何か偉大なイメージが定着していました。

しかし、映画「アマデウス」に於いて世界に衝撃をもたらしたんです。

今まで偉大であった作曲家モーツアルトが下品で(ユーモアがある意)、ベートーベンのようなイメージが崩れ落ちたのです。

しかし、映画アマデウスの表現は実際のモーツアルトに近いことが、モーツアルトの書簡などで明らかになって来ました。

それまでは、安易に作曲家と言うイメージとモーツアルトをただ単純に重ね合わせた考え方でしかなかったのです。

同じように、茶道や茶碗に於いても、イメージだけで脳に格納してしまったデータは沢山あるのではないか?

それが、そのデータが単なるイメージから派生した根拠のないデータだったら、良い茶道をするためにも、また良い茶碗を作るためにも、思考の領域が広がりを持ちません。

なので、データは後から学んでも遅くはありません。感性が育つ歳までにいろんなことを吸収して欲しいと思っています。

私みたいにオヤジになると、頭固いですからねぇー!自分の脳ミソをミキサーで一回かき回したいですよ!

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