安土桃山城跡で見た変なやきもの
昔のことですが、信長の城であった安土桃山城に行った時、まだ今のようには発掘も大規模に行われていなかったので、少し奥に入ると、手つかずのままでした。
石垣しか残ってはいませんが、この城の天守は、ここだけは字が異なり「天主」と言うのは知っていますか?
「天下布武」という朱印を使った信長らしいですよね!
話は城跡に戻りますが、天主跡の裏側には、焼け落ちた瓦が無数に重なりあっていました。
どの瓦も出来がよく、秀吉の小田原にある石垣城(一夜城)の瓦とは全く異なります。石垣城の瓦は焼きしまりが甘いです。
安土桃山城の瓦はフロイス(だったかな?)によると、「一観」という唐の瓦職人が焼いたという記述があったような!
とにかく瓦の出来がしっかりしていて大きかったです。
また、そのほかに驚いたことは、厚さ6センチ位の板状のものでした。
はじめはそれが何かは分からなかったのですが、実は城の壁だったのです。
この城が焼け落ちて、壁もその時に焼かれて、やきものとなってしまったんです。
その証拠に良く見ると、層がサンドイッチとなり、両サイドは細かい漆喰で間はすさ(ワラ)が混ぜてある粘土となっていました。
城の壁自体がやきものになってしまうのですから、相当な火力で安土桃山城は炎上したのでしょうね!