楽茶碗は大嫌い!? でも茶碗を焼きに焼きまくる男『迷雲』のブログ

楽茶碗の製作は地味で熱いなどシンドイことばかりですが、楽茶碗師『迷雲』が製作を通して感じたこと、知っていること、時たま脱線したこと(いつもかな?)を書き綴っていきます。

0からは大変だけど!

楽茶碗も、また同じ時期の志野、瀬戸黒、黄瀬戸、そしてちょっと下り織部と名前は違えど、名作はたくさんありますね!

でも、それらをどのような釉薬を使い、どのように焼いたかは、余り資料が無いのが現実です。

だから、窯や今に残る作品を観察しながら、過去を追う旅にでなくてはなりません。

しかし、その旅はツアー旅ではなく、右に行くのか、左に行くのか、また行き過ぎなのか、全く分からない旅となります。

ですから、資料はあるが0からの出発となります。

その0からがどれだけしんどいかは、想像出来ることと思います。

今の世の中はその「0から」が何か減った感じがしてなりません。

全てとは言いませんが、目の前に1があり2を目指すとか、2αにするとかみたいな感じがします。

確かに1が存在していたら2は見つけやすいので、右に行くか、左に行くのか選択出来て時間のロスと選択の間違いをしなくて済みます。

ですから、0からは「やまし」みたいなギャンブルとなります。合っているか?いないのか?の自問自答で悩むことも起こります。

また、多人数からは何をしているのか分からなく同調は得れないので孤立化して孤独となります。

会社員で表せば「村八分」にされたと同様な状態が続きます。

でも、私は今の日本には「0から」が必要な感じがします。

でも会社が大きくなるにつれて組織化が進み、経費もかさむので経費重視の進展となっています。

でも、それでは目的重視ではなく、日々の達成手段の傾向が強くなり、先の目的が見えなくなってしまいます。

昔のソニーウォークマンを開発したときのように、

テープはあったが外側への持ち出しは無かった。

音楽を生活の一部とした。

テープは録音する機能が当たり前だったが、聞くだけの機械を作った。

思い付くだけでもこれだけテープの概念をウォークマンによって0からの世界を作りあげました。

近年ではi-Phoneも同じですね!

他社に対抗するのではなくて、新しい世界を作りました。

クラウドとかソリューションとか一昨年位から始終聞きますが、それは効率であって0からの世界観ではありません。

私も含めて、みんな0からなにかを生む人々が増えたらいいなぁ~!なんて思います。

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