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楽茶碗は大嫌い!? でも茶碗を焼きに焼きまくる男『迷雲』のブログ

楽茶碗の製作は地味で熱いなどシンドイことばかりですが、楽茶碗師『迷雲』が製作を通して感じたこと、知っていること、時たま脱線したこと(いつもかな?)を書き綴っていきます。

面食いオヤジです。

今日で7月も終わりです。
もうすぐ夏休みのカウントダウンですね!

夏休みの予定もある方もいらっしゃるでしょう。

夏はやっぱり花火大会、海、山と日頃味わえない体験をしたいですよね!

でも、オヤジはまたもや今回も夏休みはありません。シクシクなんです。

昨日、またTさんからコメントを頂き、「桃山時代のお茶はどうだったか?」と言うお言葉に対し、私も同じ疑問が何時もあります。

お茶をされている大部分の方が、三千家でお茶をされているかと思いますが、自分の流派ではなく、たまには違う流派も見ていただいて、いろんな違いを学ばれてほしいなと思います。

特に武士点前の薮ノ内流や上田宗箇流も着目してほしいです。

そして、江戸時代に入ってからの、表の流れを汲む江戸千家流。

いろんな流派を見ることで、いろんな違いが見えて来ると思うのです。

私はお茶はしませんが、皆さんのなかでTさんのようにお茶を習われている方は、ぜひとも「我が流派一番」と言う考えは少し置いといて、他流も見てみてください。

すると当時の桃山時代のお茶の本質がおぼろげながら見えて来るかもしれません。

私はお茶碗の形から、当時の姿を検証してみます。

光悦の各茶碗の隠された違いも解明したいです。何故か?光悦は色々な作品に対しての意気込みを感じます。

その意気込みの勢いは、一定していません。お茶碗に限って言えば、形はまちまちです。

こんなに形にバラエティーがある作者はいません。

また、一作品ですが気になる茶碗があります。上田宗箇流にある「さても」です。

上田宗箇の気迫がそのまま茶碗に現れている作品です。

私事ですが、私は芸州浅野家との血縁関係がありました。原爆により全てが消失し、唯一残るものはヒョウタン一つなんですが、その浅野家の家老であった上田宗箇流の「さても」と言う茶碗は、いつか写してみたいと思っているんです。

あの造形の強さは、如何にも武士と言う感じがして好きな茶碗の一つなんです。

でも、好きな茶碗はそれだけではありません。

瀬戸黒もいいし、黒織部もいいし、織部黒もまた捨てがたい。志野もいいですね!

兎に角、桃山時代から江戸初期の茶碗は美人揃いです。

このオヤジは面食いなのでしょうかね‼

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