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楽茶碗は大嫌い!? でも茶碗を焼きに焼きまくる男『迷雲』のブログ

楽茶碗の製作は地味で熱いなどシンドイことばかりですが、楽茶碗師『迷雲』が製作を通して感じたこと、知っていること、時たま脱線したこと(いつもかな?)を書き綴っていきます。

時代には時代の空気感がある

まだ一節切のカシュー漆の塗りの途中段階ですが、毎回いろんな昔の物を再現して思うことは、再現する度にその当時の技術は凄いなと感心させられます。

教室の生徒さんたちからは、また先生は何か始めたと、興味と呆れた眼差しを向けられますが、毎回その技術が授業に還元されることを願っています。

今回の一節切の一番の収穫は、利休の竹花入「尺八」の比率の美及び、何故秀吉はその竹花入を良しとしたかが見えた感じがしたことです。

世間では、成金主義のような秀吉に見えたりもしますが、実は秀吉は相当な美的感覚を持ち合わせていた感じが感覚的ですがするのです。

茶杓の入れ物にしても、竹の直径からして、一節切からの感じも受けます。

漆の塗りにしても、室町~桃山時代の作品は何故か厚く漆を施し、漆の装飾は少ないように思えます。

逆に江戸時代に入った漆の作品は蒔絵、肌打ち、螺鈿など沢山の装飾が桃山時代よりなされ、装飾も多様化してきます。

確かに桃山時代でも、刀の拵えに関しては、見事な漆の装飾がなされているものもありますが、金箔貼り位で江戸時代の漆の装飾とは少し雰囲気が異なります。

陶芸作品も同じことが言えます。陶芸のルネッサンスである桃山時代には、元来の焼締陶器から、緑、白、黒、赤など色とりどりの陶器が出てきました。

しかし、まだ装飾と言うより、作品内部の力強さの存在があります。

それが江戸時代中期以降になると、作品内部の力強さより、表面化する装飾やデザイン重視の傾向が強まります。

そんな感覚をやしなうために、各時代の何かを再現し、その時代の感覚を養う事はとても為になると思いますが、皆さんはいかがですか?

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